読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

子供部屋

主に濵田崇裕

リメイク

今回はほぼ自分語り記事である。




昔から、お姫様願望の強い子供だった。変身願望の強い子供だった。

セーラームーンごっこではヴィーナスを強奪するタイプだった。

幼稚園のお遊戯会では率先してお姫様役をやりたがって、年長さんのときはかぐや姫を演じた。

婚約者候補のイケメン達(見事に全員が園内でモテていた男の子達ばかりだった)に役の上とはいえチヤホヤされるのは気持ちが良かったし、何よりも衣装合わせでもう一人のかぐや姫役の女の子と別室に呼ばれ先生に何重もの着物を着せてもらったときの高揚感は今でも忘れられない。

お遊戯会から少しして、放課後を利用して幼稚園の一室でクラシックバレエ教室が開かれることになった。

運動は大の苦手で大嫌いだった癖に母親に頼み込んでレッスンを受けさせてもらったのは、レオタードが着たいという不純な理由。

今でも覚えてる。様々な色形のレオタードが並ぶカタログの中から、大人びたローズピンク色を選んだときのこと、背伸びしたくて仕方のなかった小さな私。

きっかけはアレだったけれど、小学校へと上がってからも今度は地元の教室に通い、小学4年生まで習い続けた。

多くはないお小遣いを握り締め100円ショップへと足を運び、匂い付きのグロスやマニキュアなどをちょこちょこ集めるようになったのも、友達同士で漫画を回し読みするようになったのもちょうど中学年の頃。

微かに色づく唇やどぎつい色に染まる爪を見るだけで心はウキウキした。

りぼんなかよしちゃお...中でも私が特に好きだったのは平凡な女の子がふとしたきっかけでモデルになったりメイクの力できらきらとした別人に変身したりするような話だった。

恥ずかしい話だけれど、私も彼女たちと同じ「選ばれるべき」特別な女の子だと思っていたのだ。自分自身と重ね合わせて読んでいた。いつか「そう」なれると信じて。


小学生まではいわゆる中心的存在の女の子たちと居るような子供だった私、中学校へ上がってからは他小学校から来た「イケてる」子たちを前に萎縮するようになっていった。
通っていた小学校にも可愛い子はもちろん居たけれど、持ち物や見た目その全てのレベルが違っていた。

小学校のときとは違い、中学校からは露骨に「カースト」が出来ていった。私はいつも最下層だった。

このようにいくつかのカルチャーショックが重なり、私は平凡どころかそれ以下なのだとようやく自覚した。

ヴィーナスにもかぐや姫にもなれないことをようやく知った。


それからは伸ばしていた髪をばっさり切り、見た目に構わなくなり身体もどんどん横に広がっていった。肌荒れも人一倍酷かった。当時は自分のことが大嫌いだった。そうして小さい頃から抱いていた願望を愚かなものだと無理矢理封印した。


そんな私を変えてくれたのは次の次の進路、大学だ。大学入学というイベントがきっかけだった。

第一志望合格後、受験ストレスからの解放でみるみるうちに痩せていき、肌も落ち着き、私はようやく「普通」の女の子になることが出来た。

もう一度、お姫様になることを願うことを許された気がした。

嬉しくなった私は有り余った時間でメイクやお洒落を勉強した。
進学先がいわゆる「お嬢様」学校だったのもあって、自分もそれに相応しくならなければという思いがよりそれを加速させた。
つけまつげで目をぱっちりさせアイシャドウをきらきら光らせグロスでちゅるんとしたリップを作る、そうして覗きこんだ鏡の中には別人がいた。

「可愛い」と思った。世間から見たらけして「可愛い」とはほど遠くても、あの日憧れたプリンセス達に近づけたような気がして嬉しかった。

それからは試行錯誤を繰り返し、過剰でもなく地味すぎずバランスのとれた今のメイクへとたどり着いた。

自分で言うのも何だけど、なかなか上手だ。お裁縫をさせれば縫い針で何度も指を刺してしまうくらいに不器用なくせに化粧の腕だけはやたら褒められる(笑)




今は流石に自分が「皆の」お姫様になれるような器ではないことくらい分かってる。けれど、下卑したりもしない。私は私でそう悪くはないと思っている。「私の為の」お姫様にはなれる。けして美人でも特別可愛くもない自分のこと、私は嫌いじゃない。

面白いのは、ちょうど思春期と呼ばれる時期に出逢った2人のアイドル、元担と現担の両方がいわゆる「王子様」キャラとは違う種類の人だということ。

元担はアイドルをやりたくてアイドルになった人だし現担は現担で昔は今よりも分かりやすく「かっこつけ」だったしごく少数の人数によりちやほやされていた関西という村の中ではトップ人気だったこともある、2人ともポジションだけでいえばそう言えなくもないけれどいわゆる手越中島ラインのような「王子様キャラクター」に嵌まることは無かった。

どうやら私には王子様はいらないらしい。

自分の中だけで完結させようとするスタンスは対アイドルの姿勢もだ。

私はいつまでも自分だけの世界で自分だけに都合の良い王国を創りあげていく。

私が同担を拒否する理由

それは「濵田崇裕」というアイドルを愛しているから。

それは「濵田崇裕」というひとりの男性に恋をしているから。











私の目に映る彼が100%の偶像だなんて誰が決めたの?

どこまでが皮で、どこからが生身だなんて誰が分かるの?

私にも貴女にも分からないでしょ。



私の中にある彼の像は私だけのもの。

長い年月をかけて積み上げてきたもの。

誰にも触らせやしない、崩させやしない。

私の中だけで完結させる世界。

だからだれも要らないの、ごめんね。




「最強の10人」と呼ばれた男達

昔むかし関西の地にBBVと呼ばれた男達がいた。

ほとんどの人々は彼等を讃え、当の本人達も自らを信じ互いを信じ10人でてっぺんを獲ると誓った。


ほとんどの人々、は。










前年の2009年からその予兆はあった。

初めてお芝居としての松竹座という舞台を受け継いだ夏、メインキャストとされたのがこの10人だった。

この舞台のテーマソングとして生まれたのが「BIG GAME」である。

この曲がそれから約2年間の10人+7WEST(+その他)という構図が出来る大きなきっかけとなった。

しかし、同年の冬は前年と同じようにユニット別でコンサートが行われ10人という体制がそれほど強調されることは無かったように思う。10人で太鼓を披露することはあったけれど、そのくらいだ。


本格的にBBVと呼ばれ始めたのは、2010年の冬からである。

BBVは公式の呼び名だ。

冬の松竹座の日程が発表され、そこで初めて彼等はBBV(正確な表記はB.B.V.)と称された。


私はパソコン画面に映し出された表を見つめながらひとつのことだけを考えていた、




「BOYSはどうなるの」




ふたりになってふたりだけでやっていくことに薄々限界を感じていたものの、それでも「ふたり」が好きだった。ただふたりで、ふたりだけの世界で楽しくやってくれればそれで良かった。

ヲタクのエゴでしかないのは百も承知で、もう少しの間だけ生温い楽園で遊んでいたかった。


次に、3ユニットが合わさることでBOYS(そして濱田)が得られるメリットと発生するデメリットを天秤にかけた、半分半分だ。

序列が上の者たちと組むことは、じわじわと下げられつつあった自ユニにとってチャンスでもあったが、下の者たちと組むことは自分たちまでその位置まで落ちてしまう危険性があった。
それに、10人が10人全員同じ温度でアイドルという仕事への情熱を燃やしているようには見えなかったから。


最低かな。ごめんなさいね口が悪くて、でもこれが当時の私の本音。
ひとりひとりは好きだったけれど、それは別の括りだったから私には関係が無かったからよ。

だって自担にはデビューして欲しかったから、自ユニにはデビューして欲しかったから。どんな形になったとしてもデビューして欲しかったから。


「ふたりで」とは言わないから、ふたり一緒にデビューして欲しかった。
相方だからじゃない、一人のアイドルとして好きだった。
グッズだって同じだけあるよ、捨てられなくて残したまま。良い終わり方じゃなくても私にとっては大切な思い出だから。かけがえのないものだから。これだけは誰にも汚させない。








複雑な想いを抱きながら書き込んだ振込用紙、結果、悪魔のような倍率の中で2公演分のチケットを手に入れることが出来た。

優馬がゲスト出演した公演と10人だけの公演それぞれ一公演ずつだ。



ステージに立つB.A.D.はやっぱり華があって、それは10人で並ぶと余計に際立った。悔しかった。

そして、やはり数人のメンバーからは温度差が感じられ苛立つこともあった。

そんな複雑な想いを抱えているこちら側に比べ楽しそうにはしゃぐ自担を見ているのは複雑だった。

それでいいのか、こんな場所で満足するのか。ここにいても一番にはなれないし何処にも行けないのに。

まるで竜宮城だと思った、このままでは自担はこの場所で歳だけとってしまうと。




すぐ後に崩壊した城跡を見ながら、私は少し泣いて少しほっとした。










ツアーを通してようやくジャニーズWESTに自分の居場所を見つけることが出来たこのタイミングで、どうしても残しておきたかった。

「ふたり」の最後の括り、私の愛も妬みもすべてがそこにあった。

今でも2番目のBを大切に愛おしく思う気持ちに変わりはないけれど、思い出だけじゃ生きられないから。



そして何よりも最高の7人とてっぺんを目指す為に。

三十路少年

ついに三十路、やっと三十路。

…やっぱり、「ついに」。



最初の担当も貴方、最初に触れたジャニーズも貴方、最初で最後の担降りも貴方から。

後ろで踊る自担を見つけるまで罠にかかるまでの一年間、それだけが「一途」に好きだった時間。

それでも今でも特別な人、大倉忠義



アイドルとしてとても好きだ、アイドルとして生きるその覚悟姿勢誇りが好きだ。

いつまでも大口開けて手を叩いて笑っていてくれ。

お尻は大きい方がいい、二の腕はむちむちしている方がいい。小顔のくせにぷっくぷくなほっぺたがたまらなく愛おしい。

OLでスイーツ()で酒癖悪くてヘタレでも、それでも私にとっては最高のアイドルなの。世界で一番キラキラして見えるの。

ライトに当たると琥珀色に光る色素の薄い瞳、その瞳に映る景色の一部に自分も居たことを今でも幸せに思う。



遅くなったけれど、お誕生日おめでとう。

30歳おめでとう。

愛をこめて。







センター

今回は私から見た、ひとりの濱田担から見たセンターのあの子のお話。

 
 
 
 
 
 
2008年のあけおめコンサート後のことだった。
 
皆で掲示板やブログで感想を語り合う中、「カメラJr.(※あるメインユニットに、バックJr.がカメラを向けファッションショーのように写真を撮るという演出があったのだ)中の一人の笑顔が最高に可愛い」と話題になった子が居た。
 
 
 
 
それが重岡大毅である。
 
 
 
 
当時の彼はバックJr.の中ではメインメンバー、パンフレットでも他のわらわらとは別に(他数人と)ページを貰えるくらいの立ち位置だった。
私自身、前年に放送されたカンテレ制作ドラマ「DRAMATIC-J」の中の一作で主演の立ち位置の子という認識しかなかったと記憶している
 
2008年夏にHey!Say!7WESTに加入、しかし立ち位置は端、しかも同時に加入した2人が新人だったこともあり彼「だけに」スポットが当たるような機会はあまりなかったような気がする。
 
 
 
いつから真ん中にいたのか、分からない。
 
気がついたら、居た。
 
自分の力で。
 
 
2010年少年たちは実質彼が主役だったから、おそらくその辺りの時期なのだろう。私が彼を意識するようになったのも。
 
 
その意識は、けして良いものではなかった。
 
だって、自担の前に立つ人は全員が敵だったから。
 
中でも「センター」に立つ者は。
 
 
 
 
優馬が関西の真ん中に居た時代、私は彼のことを羨んでいた。妬んでいた。それが彼のせいではないと分かっていても態度で示すようなことをしていたと思う。いや、していた。
 
彼がとてもいい子だということ、その立ち位置に相応しくあろうと努力しているところ…痛いくらいに伝わっていた。けれどもそれが余計に当時の私を苛立たせた。私が100%悪いから、分かっているから余計に。その姿を見る度に、自担は真ん中に立てる人間じゃないと気付かされるから。
 
「0番」には0番に選ばれた人しか立つことが出来ない。
自担は「中心」の人だけど、「中央」の人じゃない。
好きだけど、好きだから。真ん中だけが立ち位置じゃないけれど、それでも。
 
 
何よりも悔しかったのは、あるコンサートで『悪魔な恋』の宣伝をそして「仲間」のデビューを祝福するよう客席に促す役目を任されたのが自担だったということ。何故、大人は濱田を選んだのであろう。一生許さない。
 
今ではフラットな気持ちで優馬のことを見られるようになって当時の自分を恥じ反省しているけれど、許してほしいとは思わないけれど、こちらはこちらなりに必死だったということだけは言わせて。
 
 
…話を戻そう。
 
「立たされた」センターの次は、重岡は、「たどり着いた」センター。
 
正直、はじめから、心のどこかで認めていたのだろう。
 
自分の中にある「納得」に戸惑った。
 
「嫌い」とひと言で言い切れるものがあったのなら、いっそ清々しかったのにね。
 
 どうしようもなくどこかで惹かれてしまうところがあって、だけれどそれを認めたくはなくて。
 
コレという明確な理由もなく担当以外の人物に心を揺さぶられるという奇妙な感覚が落ち着かなくて。
 
そこで私は、彼の粗を探すことで「いちゃもん」をつける理由を見つけることで自らの気持ちをコントロールすることにした。下げることでしか濱田担でいる私としてのプライド(今思えば本当にくだらないのだが当時は真剣だった)を維持出来なかったのだ。
 
それだけではない。その頃からじわじわといやもっと前からか、自ユニの序列が下げられてきたと感じることが増えて濱田担としてだけではなくBOYS担として焦りが出てきてそれらすべてをひっくるめて一番分かりやすい標的にぶつけることにした。
 
表だって何かをするわけではなかったが、自らの奥底にある「納得」を否定し続けることでギリギリのところで彼を認めないことで自分を自分の大切なものを守ろうとした。
 
 
 
 
 
 
 
そして2014年冬、自担と「センター」のままの重岡がデビューした。
 
同年の春におこなわれたデビュー記念公演「なにわともあれほんまにありがとう」、その松竹座公演初日に私はある顔を目撃することになる。
 
 
終盤のバンバン!!での出来事だった。4:3に分かれ交代で着替えながら客席を煽るメンバー達、始めに濱田藤井神山が着替えにはけ、ステージにいるのは4人だけという状況になった。
 
「近くの他担より遠くの自担」派の私は誰を見るでもなくふらふらと視線を漂わせていた。
 
そのときである。
 
愛おしそうに客席を眺める重岡大毅を目撃してしまったのは。
 
夢を見せる側の人間のくせに夢の中に迷い込んでしまったようなふわふわした表情で。
 
ただの少年だった。そこにいたのは「アイドル」重岡大毅でも「センター」重岡大毅でもなかった。
 
戸惑った。
 
そしてその瞬間、素直に、心から、「この人が好きだ」と思った。
 
何のためらいもなく。
 
 
 
 
彼に対しての「好き」は鮮明な色を持たない。
 
これを「好き」というのかも分からない。
 
自担への分かりやすい「好き」とは全然違う。
 
けれども私は重岡大毅が好きだと思う、好きだと「認めた」。
 
この記事にオチはない。
 
何が言いたいのか言いたかったのかも分からないまま終える。
 
それでも書いてよかったと思う。
 
濱田担から見た彼のお話、きっと担当さんからはツッコミどころ満載でしょう。それでも書かずにはいられなかった。だから書いた。それだけ。
 
 
 
 
 
 
 
 

今更ながらご挨拶を

「アイドル」「ジャニーズ」のグループに参加させていただいたこのタイミングで軽く自己紹介を。


女です。

ジャニーズWESTの濵田崇裕君の担当です。

いわゆる担歴は今年の夏で丸9年になります。

同担さんとはお話し出来ないタイプのヲタクです。

年齢はジャニーズWESTの(´◇`)と(^ヮ^=)の間です。

Twitter(@FHd319)には詰め込めない想いを吐き出す為にブログを開設しました。

更新は不定期です。

書きたいと思ったときにしか書きません。




☆をつけてくださる人、読者になってくださる人、皆さん有難うございます。嬉しいです。

自己満足自己完結の為に始めたブログでも、何かしらの反応が貰えるとやはり嬉しいものです。

次の更新がいつになるかは分かりませんが、ふつつかものですが、よろしくお願いします。

私は、ジャニヲタです!

今回の記事は私自身についてのことです。


私は今年の春から専門学校に通っています。となると小瀧世代いわゆる第二次イケメン世代かと思われるかもしれませんが、兄組の最年少と弟組の最年長との間の年齢とだけ言っておきます。

生徒の年齢が様々であるということ以外は中学高校と何ら変わりはありません。賑やかな子もいれば大人しい(というより大人)もいれば、女性だけでなくもちろん男性もいます。

グループみたいなのもありますが、別に仲が悪いわけでもなくただ最初の方になんとなくで固まっていた人達といるといった感じです。

私は自分の年齢の近い人達といることが多いですが、ずっと一緒にいるわけでもなく一人でいることもあります。普段話さない人に話しかけるのに抵抗を感じることもなく、話すときは話します。昔は(自分に自信がないという自意識過剰から)それが出来なかったのですが今は平気です。

それでも、いまだに話したことがない子もまだまだいます。今回はその中の一人についてのお話、知らない子のお話。




授業の中で自己紹介をすることになりました。先生に分けられたグループごとに前に立ち、話します。

ある子がジャニーズの某グループが好きだと言いました。

その話しぶりから推測するに、きっと彼女は「茶の間」、ファンであり私達「ヲタク」ではないようです。TVやDVDを見て楽しむ、コンサートへ行くことがあるにしても複数回行くことはない(倍率的に難しいのもありますが)、というスタンス(とは少し違うかな)なのだと。

そんなことをぼんやり考えていた次の瞬間、


「◯◯(グループ名)好きなん、きもー(笑)」



その子と仲の良い子の声が聞こえました。

私は悲しくなりました。

きっとその言葉を放った子に悪気はなかったのでしょう、そして言われた方も特に気にしている様子はありませんでした。




それでも、悲しくなりました。私が。

もしその後、私が、どちらかというと派手な方ではない私が、「ジャニーズWESTの濱田君が好きです」と言ったのならどうなるでしょう。

話したこともない人です、思ったとしても、口に出して「きもー(笑)」とは言わないでしょう。もしかすると「そもそも誰だよ(笑)」とだけ思うのかもしれません。

結局、私は無難に自己紹介を終え、ジャニヲタだということを明かさないまま席に戻りました。






「きもー(笑)」という言葉は、某グループに向けられた言葉ではありません。けれども、その人達を好きだという気持ちを否定されることがその人達を否定されることと同義だと捉えてしまうのは、それは「ジャニヲタ」ならではの考え方なのでしょうか。

私は辛かったです。

私はジャニヲタ人生においてただの一度もその某グループを通っていません、それでも辛かったです。

私自身はいくらでも「きもー(笑)」で良いですが彼等に「きもー(笑)」とは言わせない。私の好きな人達を「きもー(笑)」なんて言葉で汚させない、絶対に。







一緒にいる人達には、そのうちに「ジャニヲタ」である私を明かしても良いかなと思っています。他人の好きなものを否定しない人だと信じられるから。タイミングさえ合えば。



以上で私の話を終わります。

起立、気をつけ、礼、

ありがとうございました!!