子供部屋

硝子のシューズは痛いだけ

支配からの卒業

次にエイトに会うのは、明日の京セラドーム公演だと思っていた。

 

まさかジャニ勉の番協に当選するなんて思ってもみなかった。

 

それなりに長い間ジャニヲタとして生きてはいるものの番協に参加したのは過去3回しかなく、それも少クラ収録やあほすきライブ収録というほとんどコンサートのようなものばかりで、実質、初めてと言ってもいいようなものだった。

 

勿論、収録内容をバラすのはNGとされているのでここで書くことはない。今回の記事で言いたいことはまったく個人的な自己満足の吐き出しだ。

 

 

 

 

 

 

収録で、久しぶりに自担を間近で観て、ただただシンプルにこの人が好きだと思えた。

 

それで、それだけで良いのだと素直に思えるようになった。

 

彼のことを担当だと言ってもいいのだと。ずっと担当だと言ってもいいのだと。

 

 

 

 

 

 

大倉忠義というアイドルを好きになってから、今年で12年になる。その間、ライブこそ毎年欠かさずに行っていたとはいえ、常に彼を一番に置いていたかと言われれば、首を縦に振ることはできない。

 

しかし、私にとって一番に置くということは、一番好きな人だというわけではない。

 

「今」一番見たい人、優先して応援したい人というのが一番近いのかもしれない。

 

私という人間の持つ「好き」はひとつで、タイミングによって、ときどきでその割合が変わるものなのだ。

 

大倉忠義というアイドルはその割合の変動こそあれど、ずっと私の中に存在していた。存在し続けてくれていた。それを担当と呼ばずして何と言う。

 

過去の発言や感情考えまで遡ったら矛盾だらけの発言であろう。昔の私にとっては担当という言葉はもっと重い意味を持っていた。勝手にその定義を自分でつくって縛られて勝手に満足しながらもどこかで縛られて苦しかった。

 

 

 

ジャニ勉の収録中、何か特別な出来事があったわけではない。いつも通り、大声で手を叩いて笑う彼が居ただけだ。

 

けれども、その姿を見てあらためて貴方が好きだと思えた。何気ない仕や言動ひとつとっても、いい意味でずっと変わらないところが好きだと、ずっと見ていたからこその感情で納得できた。

 

「変わらない」というのは比較できる年月が私の中で積み重なっているからこそのものだ。確かに、私は彼との年月を重ねてきたのだ。

 

誰に何と言われようと、私はこの12年大倉担であった。自分さえそう思えればそれが正解だ。

 

長年がんじがらめにされていたつまらない自分ルールからやっと解放された。

 

 

ある意味、明日が長い年月の中で今が一番まじりっけのない純粋な状態で彼を応援できる記念すべき最初の日であるかもしれない。

 

私は、明日の私自身がとても楽しみである。

 

思い切り、楽しんでくるぞ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

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