子供部屋

硝子のシューズは痛いだけ

真夏BEATお渡し会、そして、「推し」という存在に関するあれやこれや

9月1日に渋谷アニメイトで行われた畠中祐君の2ndシングル「真夏BEAT」のお渡し会に参加してきた。

 

 

 

道中「ここに」の看板を見つけ写真を撮りつつ、会場である渋谷アニメイトに到着。けして広くはない店内の隅に固まるように整列、プレゼントボックスに手紙を預け、順番に簡易的に仕切られたイベントスペースへと入場した。

 

3列分およそ15人程度が入れる程のスペース、他人の会話が丸聞こえの状況で、事前に脳内メモに準備してきた言葉を確認していたらあっという間に私の番がやってきた。


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向こうとこちらを隔てる長机に置かれたブロマイドの山から一枚を手に取り、こちらを覗き込むような体勢から「パァァッ」という効果音が聞こえてきそうなくらいに瞳をキラキラとさせながら笑顔で視線を合わせてきたことにも十分動揺したが、それよりも、ウケを狙うつもりなんてなくただただ純粋に曲の感想を告げた瞬間に彼が身体を少しのけぞるようにして笑い出したことには困惑した。

 

けれども、心から嬉しそうにはしゃいだような声でお礼の言葉を口にする彼の姿を見られて、私も嬉しくなった。

私がイベントスペースにいたときに限るが、リリースイベントだというのに彼に楽曲の感想を話している子よりも自らの受験を応援して欲しいだの全く関係のないプライベートに関する話などをしている子が目立っていたのもあってか余計に喜んでもらえたのだろう。良くも悪くも感情がすぐに表に出てしまう素直な子だから、余計にだ。

 

この流れで「ライブも来てね?」と小首を傾げながら言われたら、行かないわけには行かないだろう。

 

勿論、皆に言っているただの営業トークだ。しかし、前乗りの新幹線の中でおれパラ(毎年12月に開催される男性声優によるライブイベント)へのゲスト出演を知ってから行くか行かぬかでぐらついていた天秤が一気に傾くにはこれ以上のものはないだろう。

 

「来てね?」と言われた瞬間、いつのまにか語尾にハートマークを飛ばしながら無意識のうちに高くなった声色で返事をする一秒にも満たない瞬間の中に、「こちとらチケ代交通費宿泊費美容代美容院代服飾代その他諸々かかるんだよ、なんで神戸公演のゲストじゃないんだよ」と表情は平然と脳内では大乱闘の状況であった前日の新幹線での私を抹消した。 

 

公演時間に対する彼の出演時間だとか、他出演者の楽曲を予習しようにも推しの人ですらセットリストが予想できないのに初心者の私が出来る訳ないだとか、そんなのもういい。

 

私は彼の今が見たい、今しか見られない彼が見たい。

 

彼にしか出来ない「表現」が見たい。

 

ただ、それだけだった。

 

 

 

 

「真夏BEAT」発売時期のラジオで彼が話していたこと。

 

ファーストシングルの発売から一年近くの時間が経ってしまったこと、その間にもファンから2ndを期待する声や手紙が多く届いていたこと、自分が自分として歌うことの意味について、彼の頭を心を彼の言葉で懸命に伝えてくれたこと。

 

私の勝手な解釈ではあるが、役者としての自分よりもアーティストとして歌い踊る姿やそれに伴う接近接触イベントが求められているのではないかという不安のようなものが彼の話から読み取れた。

 

確かに、つまみ食い程度にしかこの世界を見ていない私にも、アイドルかのような接近接触イベントが頻繁に行われていることやそれらの対応力で言いたい放題にされる環境に置かれていることは否定できない。

 

私自身は特別にこういったイベントが好きというわけでもないしどちらかというとコミュ障と分類される方の人間ではあるけれど、それでも、作品の感想やお便りの返事などを直接に言ったり聞けたりすることは楽しいし、実際に触れてしまうと大人の男性の体格との差にときめいたりもする。

 

けれども、私が彼を好きになったのは、一番のきっかけは、やはりお芝居だ。

 

この記事を書くにあたって何をきっかけに彼のことを応援したいと思ったのかを振り返ってみると、決定打は記事にもまとめたキンプリ(作品)のレディスパでのパフォーマンスだが、「まずいな」と「推しになりそう」とはじめに危機を感じたのは夢色キャストファンミーティング内の朗読コーナーでの彼の姿だ。

 

昴(担当キャラクター)としてヴァンパイアの役を演じる二重の演技に、普段は明るいムードメーカーである昴が人懐っこくターゲットの女に近づき目的を果たす狂気を表す様子に、全身を震わせながら演じる姿に、ぞくぞくしたのだ。

 

上手く言えないけれども、彼のお芝居が好きだし、彼がお芝居をする姿が好きだ。楽しそうに芝居をする姿が好きだ。

 

アーティストとして歌うことも踊ることも、曲を表現する、世界に染まる、曲中の登場人物として演じるという意味では芝居と言えるのではないだろうか。

 

そして、私は、アーティストとして曲を「演じる」彼の声も姿も大好きだ。

 

曲を聴けば情景が目の前に広がる、クオリティの高いパフォーマンスは瞬きをすることさえ惜しくさせてくれる。鋭くて痛くて、それでも目が離せない。

 

それを見ていたくて、彼の推しになったんだと思う。

 

 

「推し」と名乗るには、もしかすると他の人から見れば、例えばもっとずっと熱心な人からすれば、彼にかける熱量も金額も微々たるものだろう、私の想いなんて「推し」と名乗るには足りないと思われるのかもしれない。それでも構わない。誰かと競う為にヲタクをしているわけではないのだから。

 

私の人生で声優を「推す」ということが起こるなんて想定外だった。その嬉しい誤算を楽しむ為に私は彼を「推し」と置きたいと思う。この素敵な出会いを大切にする為に。

 

 

 

次回のイベントまでに書き上げればいいやと思っていたら、あっという間に一週間前になってしまった。そろそろ手紙を書かなければ。